ある自治体から私たちの事務所へ依頼がありました。土木工事によって、住宅が傾斜した可能性があるので調査してもらいたいというものです。
調査会社が既に調査を行っているのに
実は、工事が始まる前後と数年後にもう一度の計3度、専門の調査会社が調査を行っていたのです。にも関わらず、自治体として結論がでなかったということです。
調査会社の作製した資料を見せてもらうと、住宅内外の亀裂・基礎と敷地の傾斜・柱と床の傾斜等の計測結果と写真がありました。小さなひびも見逃さず、工事前後の住宅の損傷の状況を拾い上げています。
では、なぜまた再調査なのでしょう。
何が問題か
住宅の持ち主は非常に優しくて丁寧な方で「何回も調査してもらって申し訳ないです」といったご様子。自治体の担当の方も土木工事の影響ではない方向で、といった態度ではなく、きちんとしたいと思っておられる感じでした。
実際にその住宅を訪問すると、床の一部に測定しなくても体感できる明らかな傾斜がありました。また計測を行ってみると、危険な状態とまではいかないのですが、壁や基礎にも傾きが確認できました。この結果は、調査会社の資料とも合っています。
床下は、築年数に対して綺麗でしたし、施工が手抜きだったということもありません。敷地内は地面が陥没した形跡も認められませんでした。
土木工事に関しては、どのような工事が行われたのかはわかりませんが、この住宅の他に、傾いたという報告は出ていません。
ここで詳しく書くことはできないのですが、今回の場合は、傾斜の要因として考えられる問題が確認できなかったのです。つまり、傾斜の問題のほかに目立った問題がないことが、問題でした。
複雑な問題
調査会社の資料には、住宅の損傷が詳しく記載されていますが、あくまでもデータを提出しただけです。提出されたデータを自治体に渡し、自治体がそのデータをもとに、改修費用の補填なりを判断するのですが、今回のケースは自治体も判断のつかない状況でした。
このケースで必要だったことは、得られたデータをもとに行う、専門的見地からの多角的な分析と考察です。その部分が抜けているので、自治体は結論が出せません。調査会社も、工事が直接住宅の傾斜を引き起こしたという明確な証拠も見つからず、考察のしようがなかったのかもしれません。
私たちが行ったのは、データを読み解き、仮説を立て、再調査を行い、仮説を検証しするという、さながら研究論文を書くような作業です。その手順を踏んで上で、今回の結論は、「〇〇と〇〇の複合的な要因によって引き起こされた可能性がある」としか記せない、非常に難しい問題でした。
明確な答えを出したいと思っても、そうでない複雑な問題もあります。私たちは明確な答えをついつい求めてしまいますが、複雑な答えを複雑なまま提示されることもあるという事例でした。